(南)奥谷家


非公開      
建築年代:
   明治時代前半   

所在:
  城之門筋・北会所町 
 (じないまち散策地図
由来:
   当家は北側に面する奥谷家(岩瀬屋)の分家で、本家6代目の時にこの家を興した。 分家の年代は明らかではないが明治時代の前半と推定される。味醂醸造業を営んでいた。
建物の特徴:
 
 母屋(八棟造)は桁行六間半、梁行五間半 梁行3室並びの整形六間取り居室である。 二階は床棚付2室を設けるなど極度に発展 しているが、表側は江戸時代同様低い2階造となっている。屋根は切妻桟瓦葺で煙だしは設けず後方妻側上部の窓によって煙を抜くようになっている。 このように寺内町には、当家を含め各時代を代表する建造物が数多く残されており、それらの変遷を見ることによって地域における生活の移り変わりを知ることができる。  
明治時代の建築ながら、二階部分(表側)は江戸時代同様低い2階構造になっている。
八棟造り

入り組んだ平面に千鳥破風などの装飾的要素を加え、城郭建築の影響を受けた複雑な屋根を構成した建築物の呼称。
八棟造り
土蔵
玄関脇の独立型出格子 荒格子 (手前)
独立型出格子
駒寄せ
独立型出格子
駒寄せ
袖うだつ − 厨子(つし)2階を持つ町家の正面二階部分の両妻側に付けられた袖壁 袖うだつ(南妻側)

建物から外部へ突き出した壁。民家の二階軒下の両方の妻に突き出した壁は防火の役目をもった。
袖うだつ − 厨子(つし)二階を持つ町家の正面部分の両妻側に付けられた袖壁 袖うだつ(北妻側)
城之門筋の町並み
寺内町の辻ごとに設置された案内標識 城之門筋に設けられた路面灯石柱と案内標識板
古手屋橋(ふるてやはし)
城の門筋沿いの用心掘(暗渠)に架けられた石橋



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